[海南島・三亜]天涯海角への行き方&観光

天涯 中国

2024年4月6日、中国の長春に語学留学中に海南島三亜市の天涯海角に行った記録です。

三亜鳳凰国際空港(SYX)へ行く

天涯海角は海南島の三亜市(海南島の南側)にあり、最寄りの空港は三亜鳳凰国際空港(SYX)です。2025年2月現在、日本からは関西空港から三亜鳳凰国際空港までの直行便が運行しています。中国の主要都市や韓国の仁川などからも直行便が運行しています。

三亜鳳凰国際空港から天涯海角までは車で30分程度です。島内は三亜〜海口間を高速鉄道が運行していますが、三亜市内に地下鉄や路面電車はありません。市内バスはあるらしいですが外国人観光客にとっては簡単ではないので、移動は空港からタクシーに乗るかAlipayの滴滴出行(タクシー配車アプリ)を使うのがおすすめです。

事前に中国元の現金を用意して行った方がいい

大都市の国際空港であれば空港内にキャッシング機能付きの日本のクレジットカードで中国元が引き出せるATMがあると思いますが(2024年に中国銀行のATMで日本のクレジットカードで中国元が引き出せることを確認済み)、三亜鳳凰国際空港には中国銀行のATMが無いようです。三亜鳳凰国際空港に来る前に中国元を用意して行った方がいいと思います。

2023年9月以降に中国に行った時にはすでにAlipayで日本のクレジットカードが登録できるようになっており、
・大企業やチェーン店での支払い
・Alipayの滴滴出行(Alipayのホーム画面の上から二段目の一番左)から呼んだタクシーの料金の支払い
・美团か饿了么という外卖(フードデリバリー)アプリでの注文の支払い
・中国铁路という高速鉄道の公式アプリで購入した高速鉄道のチケットの支払い
ではAlipay経由で日本のクレジットカードでの支払いが出来ました。

Alipayのホーム画面↓

しかし、
・個人商店での支払い
・空港や駅などのタクシー乗り場のタクシー
・地方の観光地での入場料の支払い
では日本のクレジットカードでの支払いができないことがあるので、特に地方を観光する場合は現金を持っていた方がいいと思います。

天涯海角観光

天涯海角の入口↓

入ってすぐのところにチケット売り場があります。
25元で電動カートのチケットを買っておくと、有名な岩がある砂浜の部分以外を電動カートに乗って移動することができます。

電動カートから観光した部分↓

電動カートの終点↓
ここから砂浜の方に歩きます。

西の方に砂浜が見えます↓

砂浜部分の案内図↓
有名な岩の場所が描かれています。

南天一柱石↓

南天一柱石の説明板↓
高くそびえる円錐形の奇石は、高さ約7メートルで、側面から見ると古船が上昇してきた「双帆柱」のように見えます。正面から見ると、まるで神の柱がここにそびえ立っていて、堅忍不抜、全世界を背負って立ち、荒波に洗われても、高くそびえ立って倒れないようです。私たちは「南天一柱」の石が海に寄りかかり、天を支えて地を抜いて、南天を独立させる勢いがあるのを見ます。「南天一桂」という4つの力強く精悍な大字は、清代宣統元年(1909年)崖州最後の知州範雲梯に題されました。
「南天一柱」はこの観光地の有名なシンボルの一つで、「国家名刺」との誉れのある第4代の人民元2円の裏面の図案に登場しました。

知州(ちしゅう):中国の宋代から清代まで存在した州の長官の官名
範雲梯(1863~1940):字は歩月。広西永安州(現在の広西チワン族自治区蒙山県)東平里水洞村出身。

天涯石↓

海角石↓
右端に文字が書いてあります(見切れている)。

天涯石と海角石の説明板↓
書いてある内容は下の説明版と同じです。

海角石の説明版↓
海辺には巨大な花崗岩がそびえ立っていて、高く険しく並外れていて、全世界を背負って立っています。まさに江沢民総書記が2000年12月22日、3回目に天涯海角に来た時の題詩「任他风起云涌,我自岿然不动」のように、まるで天地創造のような堅固な防備が南海の海辺にたたずんでいます。最も高い尖石には「海角」という二文字が刻まれており、「天涯」という二文字とはるかに呼応して、完全な「天涯海角」を構成しています。考証によると、「海角」という字は民国時代に寒天崖を守り日本侵略に抵抗した国民党の王毅将軍が1939年1月に書いたものです。

天涯石の説明↓
「天涯石」の高さは10.8メートル、周囲は約66メートル、巨石は家のように、海辺に昂然とそびえ立ち、最も美しい海南島のシンボルの一つです。ここでは「天涯若比邻(遠方の友人への友情を表す)」、「天涯共此时(天地の果てから遠く離れた親友を思い出させる)」、「同是天涯沦落人(みんな不幸な境遇にあった人で、お互いに流浪していたり、同じ境遇にあったりしている人だ)」という詩情的な絵心を体験することができます。
「天涯」という字は宋代の文豪蘇東坡が題したと誤伝されたことがあり、1961、1962年に全国人民代表大会常務委員会副委員長、中国科学院院長を務めた郭沫若氏はこの石に臨み、この字は崖州知州程哲の題だと考証し、併せて「天涯海角遊覧区」と揮毫しました。その後、茅盾、楊朔、艾青、呉伯蕭、趙朴初、王蒙などはここに有名な文学の一章を残しました。
「天涯石」の真下には「海阔天空(海のように広々と空のように果てのない)」という字も刻まれており、人々の「海阔凭鱼跃,天高任鸟飞(海は闊く魚は躍るに凭(まか)せ、天は高く鳥に任せて飛ぶ)」という雄心を呼び起こし、「天涯海角」の境地と人々の美しい未来を解釈しています。

天涯若比邻:表达对远方友人的情谊。出自王勃《送杜少府之任蜀州》
海上生明月,天涯共此时。:出自唐代张九龄的《望月怀远》。辽阔无际的海上升起一轮明月,使人忆起远隔天涯海角的亲友,此刻我们正望着同一轮明月。
同是天涯沦落人:汉语成语,意为大家都是有不幸的遭遇的人,彼此都是流落在外或有着相同际遇的人。出自唐·白居易《琵琶行》。

今では南の島のリゾート地となっている海南島ですが、歴史的には罪人の流刑の地であり、天涯海角とは、教化されておらず、中原という文明の中心から遠く離れた「天地の果て」という意味のようです。

ここより西の方には南国の植物が植っている公園のようなエリアがありました。もう来ることはないと思ったので端まで行って戻って来ました。

帰りはこの電動カートに乗ると出口の近くまで乗せて行ってもらえます。

海南島の観光地

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